2015年10月7日水曜日

風が強いが快晴

田母神はリアルタイムに観る気がしないので、あとでザップ気味に。水曜は田母神、井上、
ケントの3人が交代でコメンテーターをソロで務めるようだ。今日は初回なので、一応通して
観ておこうと思う。YouTube や twitter のコメントには、江川諏訪ロスの書き込みが見うけ
られた。運営側が間違った判断を下したことは確かだろう。
 
今日から日本橋できものサローネがスタート。遠方より知人が上京するので、夜の酒席に
呼ばれていたのだが、いまはそんな贅沢をできる状態ではない。昨夜、泣く泣く不参加の
連絡を入れた。心底行きたかったのだが我慢だ、いまは我慢…
 
能楽師 川口さんの FB 投稿「よさこいについて考える」がとても興味深いので防備録と
してシェア(改行は編集させていただいた)。オイラもよさこいに対して違和感をずっと
感じており、論理的に理由を説明できないでしたが、この投稿で霧が晴れ渡った感じ。
 
「よさこい」について考える
 
今日は比叡山坂本の律院というお寺での奉納だった。師匠が半能「融」を舞われた。
街のイベントや映像で「よさこい」を見る度に、何か釈然としないものを感じて

しまう。コスチューム等には色々(洋風の物など)あれ、よさこいはあくまでも
「日本の祭り」であることを主張しているように見えるが、何かが違う。
その違和感を、帰りの道すがら舌足らずにはなると思うが言葉にしてみたい。
 
まずは踊りの質であろうか。阿波踊りや盆踊り、純粋に芸能化した能にいたるまで、

本の舞踊が常に地面を意識するのは、大地から生い出でくる物を糧とする農耕民
として、地霊を鎮める狙いがあるからなのだろう。音頭に乗ってステップを踏み
つつ下手なノイズを起こさないために、飛び跳ねていても腰は常に土と釣り合って
いなければならない。そして地面とつながった腰から全てのムーブマンが発生す
のだが、その考えの無いよさこいの踊りは、地面をステージとするだけで、不用意に
空間へ空間へアピールする。僕はもちろん全てを見たわけではないが、このポスター
らも「よさこい」が基本的に地面を相手にしていないことがわかる。
 
祭り、ということで民俗として見ようとする自分の感覚を、裏切るのがこの地面との
断絶なのだと思う。田畑の鳥を追い払う鳴子を持って踊られるが、鳥追いの踊りが
元にあるわけではなく、民俗の風味付けをした方が「日本の祭り」として定着し
すいためであろう。そもそも「よさこい」は昭和後半に徳島の阿波踊りへの対抗策
として、民謡よさこい節を元に高知の商工会議所で生まれたらしい。つまり踊りの
根本にあるのは祭礼ではなく、観光であり、阿波踊りが土の上で生まれたのに対して、
よさこいの足元ははじめからアスファルトだった。

祭りの場で人々が揃いの装束に身を包むのは、共同体の構成員としての個を消し去る

ためだった。特に自らをその場に招かれる神の依り代とするために、覆面その他で
顔を隠した。祭りに用いられる覆面から目深にかぶる編笠、果ては能面にいたるまで、
顔を隠すというのは個を消し、依り代となるための近道なのだった。というわけで、
編笠を被って顔が見えるほど顎を上げる振り付けを許容するよさこいは、編笠の
本質を知らずに用いているのだろう。まあ繰り返しになってしまうが、よさこいは
神ではなく、観光客を相手にしているのだからそういう義理は無い。

しかし神を持たないよさこいは何を「祭る(祀る)」のだろう。その大いなる空位に
据えられた物は、観光を通してのコンクール意識なのだろう。そしてそのグループの
色に染まり、染まった自分達を「人」に「見せる」ことを目的とするよさこいは、
廊下を練り歩くヤンキー的色彩を帯びる。

それは演出全般やスピーカーを積んだ地方車のデコトラ的センスにも見て取れる。
元来、規模や歴史の違いこそあれ、村落もヤンキーも縦割社会であり、村落の祭礼の

一体感を促成しようとすれば、ヤンキー的関係性を導入するのは近道だ。そして
古典的ヤンキーは祭礼に登場する意匠や扮装の、派手で毒々しい要素を抽出して
自らの美意識としてきたこともあり、祭礼との親和性はあるのだが、それがもっと
大きな普遍につながっていけないところがよさこいの限界であろう。それは中央線で
吹き荒れる阿波踊りにも言えることだ。
 
こういう事を書くとまるで僕が「よさこい」を批判しているようだが、それは違う。
よさこいを通して今の僕らが日本という国の流れの中でどの位置にいるのかを確かめ

たいのだ。昭和という民俗破棄の時代を経て、もう一度先祖が生きていた日本に立ち
戻ろうとしたとき、よさこいが踏み出した一歩は勇気のあるものだったと思う。
が、そこに見えるのは踏み出し方、踏み出す方向を忘れてしまった日本人の姿だった。
よさこいの反省を活かして僕らが新たな民俗、新たな祭りを作ろう(もしくは復原し

よう)とした時、その核には祭るべき社寺、神仏を設定するべきである。祭りに
必然性を与え、人々の心をまとめるのにこんな便利な物は無い。

「祭り」の原義を考えれば当たり前のことだ。でもそれは方便、それこそ縄文時代
からの方便なのであって、人間は太古より、どんちゃん騒ぎをするために神を引
張り出してきたのである。「神」と言うのは自然界で肩を寄せ合う人々が、生存する
ために獲得してきたテクニックや知恵を、決して手放さないために共有する屋号で
あり、先祖達を養ってきた実績である。今の日本が醜くなってしまったのは、この
一つの屋号の下に集うという感覚を失ってしまったからなのだと思う。それは土地
空間を皆で責任を持ってデザインする意識の放棄である。
 
いにしえの三波春夫ではないが「お客様は神様です」と言う意識さえあれば、たとえ
観光客を相手にしていても僕らの義理は果たされるのである。そしてその根本に、
遠い先祖の時代から我々を育んできた大地や山河を愛する心を据えたい。よさこい
には今のまま拡大するのはやめて、一歩、もしくは半歩振り返って考えてみてほしい
と思う。そして我々はひとたび手放してしまった祭りを、もう一度正しい形で手に
するタイミングなのだと思う。
 
朝飯はごはんの上にスライスチーズをレンチンしてカレーがけ。遅めの昼飯はごはんの
上に目玉焼きを乗せてカレーがけ。これで昨日作ったカレーは完食。夕飯は鳥肉と
エリンギの甘酢ケチャップ炒めと胡瓜の柚子漬け。炭水化物はナシで。




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